MORE MUSIC 編集日記 |2月20日(土),今日もおかげさまで忙しかった。。。
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2月20日(土),今日もおかげさまで忙しかった。。。


。。。本日も195%の売り上げを記録褪せていただく。。。

ありがとうございます。。。



。。。今日は三食中二食お米をいただいた。。。




















。。。こちらの買取りは、BEASTIE BOYS やNIRVANA のLPだけで、ほぼ1箱になった。。。


。。。査定中の様子。。。













。。。でもって、杉作さんのラジオが終わった23時過ぎから、愛媛新聞さんにお約束していた「もっと! ミュージック」の原稿、1回多く5回分を書いた。。。



つまらないですが、掲載します。。。






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◯「もっと! ミュージック」 #55

高田 渡
「ごあいさつ」
キング・レコード(1971年)


 日本のフォークを語るうえで外せないのが、高田渡さん。 URCレコードから自主制作盤を発表して、武蔵野タンポポ団での活動も重ねながら、満を持してリリースされたのが、こちらの初メジャー盤だ。タイトルソングの「ごあいさつ」から始まる語りかけるような歌声には彼特有の優しさが溢れている。全編ほのぼのとした感じで、バックのはっぴいえんどの演奏もリラックスしている。メランコリックな一面もあり、愛おしい作品だ。一家に一枚、日本のフォークソングの金字塔的作品。 1972年春のことになるが、青森県弘前市で、「フォーク集会」と題されたコンサートがあり、僕は秋田から、知り合って間もない山平和彦君とともに出かけた。本番一、二時間前に会場近くの食堂で、渡さんと山平君がたくさん日本酒を飲み、大丈夫なのかと思っていたら、ステージ前の儀式だと言われた。二人とも無事にステージをこなし、お酒を飲めなかった僕はすごい世界だと思った。 その一ヶ月後に秋田市内でも同様のコンサートがあり、僕は渡さんのギターを運んで楽屋までお送りしたが、その際「どこでお会いしましたっけ?」と訊かれ、そしてついでにと、お酒の用意を頼まれたのが懐かしい思い出になっている。 調べたところ、高田渡さんがまだ23歳の時だった。



◯「もっと! ミュージック」 #56

トラフィック
「ジョン・バーレイコーン」
ユニバーサル・ミュージック(1970年) 


 トラフィックというと、当初はスティーヴ・ウィンウッド、デイヴ・メイスンの双頭バンド的なイメージが強かったが、こちらはデイヴが離脱した後の作品で、ジム・キャパルディ、クリス・ウッドとのトリオでの作品。 それまでとは一線を画す新生トラフィックと言える内容になっている。トリオでも、演奏は力強く、音も厚い。サウンドはジャズっぽかったり、ファンキーだったり、またタイトル曲などはイギリスらしいトラッド・ナンバーで、フォーク調だったりもするが、全体のまとまりも良く、彼らの代表作だ。これほど完成度の高いアルバムもそうはない。 一曲目の「グラッド」は、インスト・ナンバーで、ジャズ・ファンキー的な要素が強く、クラブとかでかけられそうな曲だと70年代からずっと思っていたが、90年代初めに当時徳島にあった名盤堂という中古盤屋が経営していたクラブへ出かけた時に、いきなりこの曲がかかって、驚いたとともに、やはりイメージ通り、賑やかだったその場にぴったりはまっていた。僕が知らないだけで、既にDJ御用達の曲だったかもしれないが、嬉しかったので、レコードを回していた若い子に「こんな曲、よく知ってるね」と話しかけたところ、喜んでくれた。




◯「もっと! ミュージック」 #57

チック・コリア
「リターン・トゥ・フォーエヴァー」
ユニバーサル・ミュージック(1972年) 


 今年2月に他界したチック・コリアの作品を紹介する。長いキャリアの中で、多くの傑作を残している彼の作品から一枚を選ぶのに悩んだ。ピアノ・ソロやトリオ、ゲイリー・バートンとのデュオ作品も捨て難いが、より多くの読者の皆さまに聴いていただければという観点からこちらを選んだ。  フュージョンの先駆け的作品として、今も多くのラジオ番組などで紹介されているタイトル曲をはじめ、耳に馴染みが良い曲が続く。エレクトリック・ピアノのチックを筆頭に、スタンリー・クラーク(ベース)、ブラジル出身のアイアート・モレイラとフローラ・プリム(ドラムス、ボーカル)に、ジョー・ファレル(サックス、フルート)の5人のユニットによるすっきりとした開放感が満喫できる。 僕だけかもしれぬが、彼や同じ時代のピアニストのキース・ジャレットに関して、ロック的な感性を感じることがある。このアルバムや次作アルバムの代表曲「スペイン」などの曲の構成やアレンジがロックっぽく聴こえるのだが、いかがだろうか? マイルス・デイビスの影響もあるのだろうと思う。 個人的な感想とさせていただくが、彼のアルバムを重ねて聴いて、チック・コリアの冥福を祈りたい。 



◯「もっと! ミュージック」 #58

ヴァン・モリソン
「アヴァロン・サンセット」
ユニバーサル・ミュージック(1989年) 


 ヴァン・モリソンというと、ゼム時代を経て、アメリカへ移った1970年代初期の『アストラル・ウィークス』や『ムーンダンス』などの作品が特に人気が高く、評価も群を抜いているが、今回はこちらを選んだ。 1989年のリリースで、当店が銀天街へ移転した一年後になる。このアルバムはもう国内ではアナログ盤は発売されなかったが、CDがその勢力を拡大していた時期とも重なる。まだCD試聴機が導入される前だったので、当時のスタッフたちにはいくつかのCDをくり返しかけてもらっていた。 その中の一枚がこのアルバムで、個人的には上掲の作品より多くの回数を重ねて聴いているかもしれないので、馴染み深い。 ヴァン・モリソンが大人のモードで歌い上げ、しっとりとした落ち着いた気持ちになれる。彼のキャリアの中でも良い時代だったのではないだろうか。 ロッド・スチュワートが91年にカバーした「ハヴ・アイ・トールド・ユー・レイトリー・ザット・アイ・ラヴ・ユー」が有名だが、「ホエン・ウィル・アイ・エヴァー・ラーン・トゥ・リヴ・イン・ゴッド」ではクリフ・リチャードが客演していて、そちらも味わい深いので、チェックしていただきたい。




◯「もっと! ミュージック」 #59

スティーヴィー・ワンダー
「マスター・ブラスター」
ユニバーサル・ミュージック(1980年) 

  家内と僕が渡米したのが1980年2月で、その後の2年半に多くのライブを体験した。ステーヴィー・ワンダーのライブは80年の7月に有名なロキシーで開かれ、実は同日英語学校の友人たちとボズ・スキャッグスのライブへ行く計画もあったが、ひとり100ドルのチケット代(1ドルが270円の頃)を捻出して、スティーヴィーを選んだ。ロキシーはわずか500人収容のライブハウスなので、まさに目の前で、彼と大勢のバンドメンバーが観れた。 後半初めに、彼が「次のシングルをどの曲するか、皆さんの拍手で決めたい」と言って、3曲歌った。僕たちも観客の多くも拍手をしたのが、美しいバラード・ナンバー「レイトリー」で、その後、本当にその曲がシングルカットされたのだった。 会場では大ヒットしたレゲエ調の大ヒット曲「マスター・ブラスター」を生ダブっぽく演奏してくれたのも今も鮮明に覚えている。 そうそう、彼のライブは、同年大きな会場でボブ・ディラン、ブルース・スプリンスティーン、リンダ ・ロンシュタットなど多くの出演者とともに、もう一度観た。 スティーヴィーの代表作となると、77年の『キー・オブ・ライフ』になり、そちらもいずれ取り上げたいが、今回は思い出がいっぱい詰まったこちらのアルバムを紹介させていただいた。







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